小杉湯

Article|
変わらないために、変わり続ける。

(category)
2023|Logo etc.
(project)
Kosugiyu
Read More

東京・高円寺で愛され続けている銭湯、小杉湯。90年続く歴史のなかであえてシンボルとなるものを持たずにいましたが、原宿に2店舗目を展開するタイミングに合わせて、シンボルを検討することに。そして、小杉湯が“小杉湯”であり続けるために「表札」を掲げることを決めました。小杉湯は、今日も変わらず、きれいで清潔で気持ちのいいお風呂を沸かしています。

Design attitude

語らない、語れるしるしをつくる

Design concept

やさしく受け容れる銭湯

銭湯の役割、特に現代の生活様式においての役割は「心の健康」と言えます。小杉湯は今も昔も人の「心の健康」を担ってきたのだと思います。日々きれいで清潔で気持ちのいいおふろを沸かし、お客さんが少しでも、心がゆるまる時間をつくる。自己受容の先に、日々の中にある些細な幸せに気づける。時代にあわせて変わっていくことを怠らず、常に今のお客さんに易しくある。小杉湯をひとことで形容するのであれば、「やさしく受け容れる銭湯」と言えるのではないでしょうか。40年近く見守ってきた玄関口の電工看板をベースに、小杉湯の「表札」をつくる意識でデザインしています。

Design item

Logo

Partner

小杉湯

Creative partner

Art Direction|宝田夏奈

Narrative Design|キルタワタル

Credit

Design|神岡真拓

Article
デザインを終えて|
変わらないために、変わり続ける。
話し手|
神岡 真拓(ここち主宰/デザイナー|ここち)
聞き手|
矢野 仁穂(ブランドエディター|ここち)

今回は、アートディレクターの宝田夏奈さん、ナラティブデザイナーのキルタワタルさんとともにここちがアサインされたプロジェクトでした。ここち以外のメンバーとともにクリエイティブの実制作を行うのは珍しいですよね。

アートディレクションはデザインの方向性を、ナラティブデザインはデザインに込める普遍性を示す役割を担っています。

神岡

ふたりとも以前から知り合いであり、小杉湯のお仕事もご一緒していました。クライアントである小杉湯の佑介さん(小杉湯3代目)、江里子(小杉湯副社長/ゆあそび代表)を含め、チームビルディングのようなものは特に意識せずとも共通の認識を持ちながら進めることができたと思います。

宝田さん、キルタさんの思う「小杉湯のシンボル」が揃ってから、デザインに取り掛かったとお聞きしましたが、ふたりの提案をどのように受け止めましたか?

神岡

最大のキーワードである「表札」はまさにかなやん(宝田さん)からの提案でした。小杉湯に掲げてある電光掲示板のモチーフも、かなやんからの提案です。率直に言うと、それでいいのかぁと腹落ちしたような感覚がありました。利用者としてもデザイナーとしても、2年という年月もあり小杉湯に対する気持ちが大きくなっていて。無意識のうちに「小杉湯のシンボルをつくる」ということを複雑に捉えていたことに気づかされました。

なるほど。チーム編成のバランスの良さが伺えますね。キルタさんからはどのようなお話があったのでしょうか?

神岡

キルタくんが紐解いたナラティブは「変わらないために変わり続ける」。なんのために表札を立てるのか、今の小杉湯のあり方を指し示すような言葉だと思いました。身軽さがあっていいなと。

 

歴史的な瞬間をつくるプロジェクト、なのに、身軽。

神岡

90年の歴史をしっかりと背負ってしまうと、伝統を守らなければいけない意識が生まれると思います。あらゆることを変えてはいけない、変わってはいけないとまで思ってしまう。ですが、小杉湯は時代に合わせて変わってきました。その時々のお客さんにしっかりと寄り添えるように、変わっている。方法を変えながら小杉湯が守っていたのは、その佇まいなのだと思います。小杉湯であり続けるために、変わっていく必要がある。僕はそう解釈しました。

確かに、変わっていかなければ時代とともに淘汰されてしまうこともある。佇まいという「あり方」を変えずに時代を超えていくためには、ポジティブによりよく変わっていくことが必要なのかもしれませんね。

神岡

これまでも小杉湯のデザインに関わってきましたが、実は、少しだけ後ろめたいような気持ちがありました。どの制作物も必要だと感じたからつくっていたことは間違いありません。ですが、新しくなにかをつくる/つけ加えることは、小杉湯にとって本当にいいことなのだろうかという疑問がどうしても残ってしまっていたんです。

 

実際に当時の小杉湯には様々なPOPが貼ってありましたよね。私としては、利用者の立場に立ってつくられた気の利いたPOPも、小杉湯の一部のように感じていました。

神岡

そうですね。キルタくんのナラティブを聞いて、僕もそう思えるようになりました。これから長い目で見た時に、いま作っている制作物も小杉湯の歴史の一部となり、また変わっていくのかもしれないなと。これまでの歴史に敬意をもちつつも、その歴史自体に今の在り方を左右される必要はない。その分、小杉湯という場に向き合ってつくる事が大切なのだと改めて力が入りましたね。

今回立てた表札は、発表時の驚きはありつつもすぐに馴染んだように思います。アートディレクション、ナラティブデザインを踏まえて、どのような意識で制作を進めたのでしょうか?

神岡

馴染んだ要因は色々あると思いますが、すでに見慣れている電光看板をモチーフにしたことは大きいかもしれません。モチーフを前提に置きつつも、小杉湯がこれまで伝えてきた言葉をロゴに込めることを意識をしていました。言葉は時に強すぎることがあります。言葉そのものに色がついてしまっているというか、少し表現が難しいんですけど。本当に伝えたいことを削ぎ落としながら、ビジュアルとして落とし込めるようにスタディを重ねました。

いろんな言葉を咀嚼し直して落とし込んだのが、デザインコンセプトでもある「やさしく受け容れる銭湯」でしょうか?

神岡

そうです。言葉には色があると言いましたが、その分細かいニュアンスも伝えることができます。ですが、ビジュアルという“雰囲気”として細かい意味の差分を表現することは難しい。だからこそ、それぞれの言葉に共通しているものを見つけ出すことを大切にしています。削ぎ落としていくことで、ビジュアルに込めるものをシンプルにする。そうすると、より伝わるような気がするんです。

言葉をビジュアルに結びつけていく作業…もう少し詳しく聞いてもいいでしょうか。

神岡

声をイメージすると分かりやすいかもしれません。その言葉を、どんな人が、どんなテンションで、どのくらい離れている人に向かって話すのか。その声は高いのか低いのか、大きいのか小さいのか。ビジュアルは声色なのかもしれません。

なるほど。どんな声色をイメージしていましたか?

神岡

小杉湯で働く人と、お客さんとして利用する人、そして僕自身がこんな声で「小杉湯」と発するんだろうな、というものを想像しました。あえていうなら堂々としているさまや、威厳みたいな強さが前面にでたものではないな、ということは意識していました。

90年の歴史をあえて意識しなかったということでしょうか。

神岡

特にお客さんは、“有形文化財である小杉湯”に浸かりにきている訳ではありません。生活の中で、ゆるまる時間を求めてやってくる。そこにあるのは、あくまでもやさしく受け容れてくれる銭湯なんです。無理に歴史性を入れようとはせず、包容力を感じるものをつくりました。ただ、完成したロゴは堂々としているように感じました。このプロジェクトに関わった人たちの小杉湯への敬意が無意識に表れたのかもしれません。不思議ですね。

 

不思議ですね。でもなんか、わかるような気がします。小杉湯はやさしい。けれど、そのやさしさを作り出しているのはこれまでの積み重ねに裏打ちされたものなのかもしれませんね。

神岡

たしかにそうかもしれませんね。湯に浸かる時間はいつも変わらずきもちがいい。表札を掲げる前も後も、その事実はやっぱり変わりませんでした。高円寺に訪れる時には、小杉湯にふらっと立ち寄って、湯に浸かってみてほしいです。表札に込めた思いを、より感じとってもらえるような気がします。

 

それぞれの目線が交わった先にできた小杉湯の表札。今回のインタビューでは入りきらないほどにそれぞれが考え、会話を重ねてきました。表札を掲げたけれど、小杉湯は変わらなかった。そう語る真拓さんは深く納得しているように感じました。小杉湯の佇まいは変わらない。けれど「表札を掲げた」ことで、これからの小杉湯を担っていく人たちの目線が重なった。この行為、その過程こそがこれからを指し示すシンボルとなっていたのかもしれません。

 

このしるしに根ざしたきもちA symbol born of this Attitude.